林真理子のBeautiful Voice なるほど! 小田急

story.3 親子連れの季節

秋が深くなると、電車の中で親子連れが目立つようになる。ふつうの親子連れではない、父親はもちろん、母親も紺色のスーツを着ている。子どもは男の子だったらジャケットに半スボン、女の子なら上品なワンピースを着ている。そう、小学校受験の面接に向かっているのだ。

経験のある人ならおわかりであろうが、この面接の際には公共交通機関を使うことになっている。自家用車やタクシーで来ることは許されない。というよりも、そんなリスクを負わないのは”お受験“の常識だ。

この季節になるとデパートは面接用の親子の洋服のコーナーが出来る。 もはや”お受験“はそう珍しいものではないのであるが、 電車の中で親子に注がれる視線はそう温かいものばかりではないだろう。

「がんばってね」というやさしいものはわずかで、たいていが興味本位か冷ややかなものだ。そういう視線に耐えながら母親は子どもの手を引き、受験会場へと向かう。

私の若い友人たちもそうした年代にさしかかっている。彼女たちは髪を染めるのをやめ、派手なネイルも睫毛のエクステもはずす。その態度は涙ぐましいぐらいだ。

そして子どもの入学と同時に、母親たちも”ママ友“の世界に入っていくのである。もう昔の話となるが、私はここで随分いろいろな体験をした。いちばん感じたことは、同じような年齢で、同じように生きてきて、どうして女性というのはこれほど違うのだろうかということである。常識のある人、ない人、気遣いの出来る出来ない、ということで大きな差が出てくる。学校というのはそうしたことがあらわになる場所である。母親同士のちょっとした連絡にメールではなく手紙をくれるお母さんがいた。それが素晴らしい達筆なのである。学校ではちょっとしたお金を集めることがよくあるが、くしゃくしゃのお札をそのまま手渡す人もいれば、新札を封筒に入れ、

「○○さま(当番の名前)、よろしくお願い致します」

と書いてくる人もいる。

皆でランチをした時に、いつも一万円札を出す人もいれば、会計係を引き受けてめんどうな計算をしてくれる人もいる。

年のわりには何も出来ない私に呆れながらも、手づくりの品を手伝ってくれた人もいる。

「子どもによって女は成長する」

という言葉は大嫌いだ、それでは子どもがいない女性は成長できないのか、ということになる。しかし母親として再び出会う学校はいろいろなことを教えてくれる。それまで自分が生きてきた経験や人としての気配りを問われ、そして魅力を採点される場所でもある。わずらわしいことも多いが友情を得ることもあるし、面白いことも多い。もうじきだよと、私は電車のお母さんをいつも応援しているのである。