林真理子のBeautiful Voice なるほど! 小田急

story.10 臆面なく生きる

友人の結婚披露宴に招かれることがめっきり減った。あたり前だ。私と同年代というと、再婚、再々婚ということになってしまう。たいていが地味に入籍だけで済ませる。

今、招待されるのは友人の子どもたちの披露宴である。

が、そのパーティーは違っていた。私の女友だちは五十七歳で、派手な披露宴を催したのだ。ウェディングだってちゃんと着た。デコルテを大きく見せるデザインであったが、とても似合っているではないか。彼女はお金もやる気もある人なので、何ヶ月もエステやジムに通ったのである。ふつうなら「臆面もなく」といわれるところであるが、彼女の美しさと努力に皆は盛大な拍手をおくったのである。

つい最近のことであるが、私の還暦のパーティーを皆が開いてくれた。西麻布のレストランで行われたそれは、とてもおしゃれで素敵なものであった。赤いちゃんちゃんこの替わりに、皆から贈られたのは真赤なドルチェ&ガッバーナのジャケットである。

最後に友人がスピーチで、

「十年前に香港に”強欲ツアー“ に行って、楽しかったね。またあんな風にやりたいね」

といってくれた時、私は体が震えた。あの時の記憶が甦ってきたのである。友人四人で二泊の旅に出かけ、買いまくり、食べまくった。本当に楽しくて、今でもあの日のことはメニューから買い物をした店まで憶えている。

「よおし、これからも一生懸命働いて、稼いで、食べまくってやる。買いまくってやる」

と心をあらたにした私である。それが私の生き方だとつぶやいた。もっと楽しいことをいくらでもしてみよう。たとえ臆面もなく、といわれてもいい。人の目を気にしているうちに、人生なんてあっという間に過ぎてしまう、というのは六十になった私の実感である。

というのも、私は地方出身のこれといったすぐれたものを何ひとつ持っていない、小心者の女の子であった。劣等感にさいなまれている分、人にどう思われているかをいつも気にしていた。しかし仕事をして、それなりに自信もついてくると、毎日をどう楽しく過ごすか、ということに心がいくようになった。

「人にどう思われているか」

ということなど二の次となったのだ。そうかといって生来の性格がそう劇的に変わるはずもない。今でも人の目を気にするええかっこしいであるが、その私が大きく変わったのはネットの普及による。他人の悪口を匿名でたれ流している人たちを私は「あちら側の住民」と呼ぶことにした。全く違う世界の人たちなのだから接触をしなければいいのだと気づいた。その気持ちがこちら側の世界にも波及して私は強くなった。ネットの社会と「臆面なく生きる」こととは対極にあるものだと知った。世の中、悪いことの裏側にはいいことがちゃんと存在している。