林真理子のBeautiful Voice なるほど! 小田急

story.12 無知の知

最近仲よくなった奥さんが、にこにこして私に言った。

「ハヤシさんの講演会、絶対に行こうと思って、申し込みハガキを何枚も出したんです」

ほらっと言って見せてくれたハガキの表を見て驚いた。すべて「◯◯係」とだけ書かれていたからだ。どうやら彼女は、会社あてに出すものには「御中」をつけることを知らないらしい。

四十八歳で二人のお子さんがいる。今まで学校あての書類に一度も「御中」をつけたことがないのかと私は聞いてみたいような気がする。

京都の料亭や地方の旧家を訪れたりすると

「まあ、お茶を一服」

ということになる。茶室に通されお茶を点ててくださるのだ。こういう時、同行の友人はかなりの確率で私にささやく。

「どうしよう‥。私、こういうお茶の飲み方知らないのよ」

この頃ふと考える。

「知らないと言って許されるのは、いったい幾つまでなんだろうか」

かく言う私も、この年になって冠婚葬祭の場面で、無知ゆえに恥をかくことがある。そのたびにしまった、と思い、もうこのような失敗をしまいと誓うのである。

私は結構マナーやしきたりの本を読んでいる方ではないかと思う。それは十八歳で上京する時、母から言われたことが身にしみているからだ。

「ちゃんと躾をするつもりだったけれども間に合わなかった。これからはいろんなことを自分の力で学びなさいよ。このままじゃ、世の中に出て本当に恥をかくよ」

確かに私は何も知らなかった。が、しかしひとつだけ救われるのは、

「自分が何も知らない、ことを知っている」

ことである。

会社あてに「御中」をつけることは、誰かに教わった。お茶を飲む真似ごとくらいは、ほんの少しお茶を習っていたから何とかなる。それからお葬式や結婚式の時に、お金を包んだものは、しかるべき色の袱紗にくるむということは、女性誌にいくらでも書いてあった。

「私、知らないんです」

と笑ってことが済んで、まわりも許してくれるのはせいぜい二十代終わりであろう。中年と言われる女性が同じことを言ったとしたら、

「じゃ、あなたは学んでこなかったの?」

と言われそうである。

これまた仲のいい四十代の奥さんが言った。

「うちは新聞とってないんですよ。本も読んでない」

じゃあ、世の中のことは何で知るの、と尋ねたらスマホで充分ですよと返ってきた。スマホの大きさの世界しか彼女は持っていない。だから何なのか、と言われそうだが。