林真理子のBeautiful Voice なるほど! 小田急

story.15 私の最良のもの

大人気だった連続ドラマ「花子とアン」が九月末で終わってしまってとてもさみしい。

このドラマは、脚本がとてもよく出来ていて、数々の名ゼリフを残している。中でも私が好きだったのは、女学校の校長先生がおっしゃった言葉だ。

確か卒業式のシーンであった。生徒代表がこんな答辞をのべる。

「この女学校ですごした日々が、私たちのいちばん幸せなときでした」

するとカナダ人の先生が、ノーと言う。

「あなたたちの最良のものは、過去ではなく未来にあるのですよ」

つい先日、脚本家の中園ミホさんに聞いたところ、原案の村岡花子の伝記からこの言葉をとったという。

「最良のものは未来にある」

何といい言葉であろうか。

が、はたと思う。

これって若い人たちのための言葉で、中年以降はどうなんだろう。

私自身、これから先それほどいいことが待っているとは思えない。蓮子さんのような、激しい恋が起こるはずもない。急に才能が開花して、歴史に残るような作家になるということもあり得ないだろう。

そう考えても「現状維持」がやっとのことになるはずだ。そのうちに老いがやってくる。病いや呆けと戦う日々になるだろう。

「なんだ。ちっともいいことはないじゃないか」

と言いたいところであるが、ちょっと考え方を変えてみよう。

中年になってくると、人と競うことは次第に少なくなってくる。人を羨むことも嫉妬する気持ちも薄れ、その次にやってくるのは穏やかな澄んだ気持ちである。

「人は人、私は私」

この境地にたどりつくまで、いったい何十年かかったことだろうかと思う。私のような人間はエネルギーもあるが、同時に煩悶することも多い。人と自分をいつも比べ、自分が手にしていないものをあれこれ深く考える。その結果、のたうちまわるほど心が乱れることが何度もあった。

ところがどうだろう。中年になっていくともう人を気にしても仕方ないと、ごく自然の思いにいきつくのである。そうすると自然に人は寄ってきてくれるのだ。

今、私はとても友だちが多い。彼ら、彼女たちがいつも楽しいスケジュールに誘ってくれる。それらを即座に楽しむことが出来る経済力も私は持っている。

全く若くみじめな私に、今の楽しい日々を見せてやりたいものだ。そうしてこう言う。

「どう、年とるの悪くないでしょ。こんなに楽しい毎日なのよ」

そう考えることが出来ることは、なんという「最良」なのだろうか。私が若い頃から、つくり上げた最良である。棚ボタ式の最良ではないからいっそう貴い。