林真理子のBeautiful Voice なるほど! 小田急

story.17 女から女へ

若いお母さんたちを見ていて感心することがある。ヤンキーがかった外見のお母さんも、幼稚園の先生、年上の人にきちんとした挨拶をすることが出来る。

「このたびはご迷惑をおかけして、本当に申しわけありません」

「私に出来ることなら、何なりとお申しつけください」

こうした言葉は、彼女たちにとってもはや〝文語〞の範囲だと思うのであるが、とてもなめらかに言葉を続ける。

あらたまった場所、例えば結婚披露宴や授賞式といったところで、きちんと挨拶をしてくれるのは奥さんの方だ。「まあ、ハヤシさん、お忙しいところ、今日はご出席いただいて本当にありがとうございます。娘の晴れの日でございますから、どうかゆっくりなさってくださいませ」

こういう時、男親の方は、「どうも、どうも」と口の中でもごもご言っているだけだ。

私はこういうハレの言葉は、女から女へと伝わっていくものではないかと思う。

女の子は、母親がそうした言葉を使うのを注意深く聞いている。その吸収は早い。女の子たちがおままごとしているのを聞くとびっくりしてしまう。幼女ながらに 〝口上〞をちゃんと言っているのだ。

「まあ、こんなに結構なものをいただきまして、本当にありがとうございます」

「とんでもございません。こちらこそいつもお世話になっていますもの」

男の人も丁寧語をマスターするけれども、それは会社用語でふだんはすらりと出てこないような気がする。

女の人は誰かに教えられなくても、たくさんのことを知っていく。

お月謝や借りたお金を返す時は、ピン札を封筒に入れる。

何かいただいたら、すぐにお礼状を出すか、メールをする。

何か人にしてもらったら、小さなプレゼントでお返しをする。

女中さんがつくような高級旅館に泊まったら、ポチ袋を用意する。

こういう時、男の人のもの知らずといったらどうだろう。たいていが奥さんのなすがままだ。

私は仕事柄、お金持ちや仕事に成功した男性と出会う機会が多い。一緒に食事をする。するとたいていの人が箸をちゃんと持てない。大企業の社長も、有名アーティストもみんなひどい箸の持ち方をする。私はその陰に、息子をひたすら甘やかして、可愛がってきた母親の姿を見るのだ。

が、反対に、母親は娘に厳しくあたってきたはずだ。箸をちゃんと持てない女は、お嫁にいけませんよと言ったに違いない。

男女差別などから遠く離れた場所で、私はそのことを微笑ましく思う。日常の文化は女たちによって伝承されていくのだから。