林真理子のBeautiful Voice なるほど! 小田急

story.23 おかわり自由

スーパーでキャベツを手にとり、三百八十円とあって驚いた。五月の半ばのことだ。

天候不順によるキャベツの高値は、朝のワイドショーでも取り上げられ、老舗のとんかつ屋さんが出てきた。キャベツはおかわり自由となっているので、この何日かはかなり厳しいことになっているという。

「お客さまのために頑張っていますが…」

と語る店主の表情はかなり暗い。

「しかし、この店ではたいていの人はおかわりします。中には三回もおかわりする人が」

レポーターは、親子連れにマイクを向ける。

「こんなにキャベツが高くて、どう思います」

「お店は大変だと思いますよ」

「だったら、どうして三回もおかわりするのですか」

「だって、こういう時に食べなきゃって思うから」

見ていて少なからずショックを受けた。若くて可愛らしいお母さんに、全く悪びれた様子がなかったからだ。

もしかすると、近々このお店でキャベツのおかわりは無くなるのかもしれない。そしてそれに自分がわずかでも加担するかもしれないという思いは、まるで浮かんでこないようである。

こういう話をすると、いかにもオバさんっぽくなるのであるが、ホテルの朝食ビュッフェに行くたびに心にトゲがつき刺さる。どんどん客の行儀が悪くなっているからである。

「自分の食べる分しかとらない。残すのはとてもみっともないこと」

と教えられた身にとって、目をおおいたくなるような光景が拡がっている。

年がいった夫婦の行為は、もう仕方ないことと半ば諦めている。絶対に自分で取りに行かない夫のために、奥さんがサラダやソーセージを山盛りにして何皿も置くが、ほとんどは残される。なんかせつないなあと思いながら見ている。

私が心からイヤだなあと思うのは、そこそこ高級なホテルで、しゃれた格好をした若い夫婦とその子どもたちだ。私がよく泊まるホテルでは、パンが充実していていろいろな種類が並べてある。するとお母さんが子どもたちのために山盛りにして持っていく。尋常な量ではない。幼い子ども二人の食べるパンの数などわかるはずだろうに、クロワッサン、バターロール、ペストリーを溢れるほど皿にのせ、そしてあらかた残す。山と盛ったパンをそこに置いて平気で席を立つ。

彼女たちに今さら「もったいない精神」を説くつもりはない。私が言いたいのは、他者への想像力である。こういう人が増えれば、いずれはキャベツのおかわりは無くなり、ビュッフェの料金は上がる。

自分さえよければという心の先にあるものは、殺伐とした社会である。こういうことを、小さいお子さんを育てているお母さんこそ、感じとってほしいと私は願うのだ。