林真理子のBeautiful Voice なるほど! 小田急

story.25 私だけが・・・

娘が私へのバースデーカードをくれる時、必ず書いてくるフレーズがある。

それは、

「毎朝お弁当をありがとう」

というものである。忙しい母親が早朝に起きてつくる、弁当のことをちゃんとわかってくれていると思うととても嬉しい。そして料理ぐらい、愛情が伝わるものはないとつくづく思う。

仕事の帰りにスーパーに寄り、弁当に詰めるおかずを思案しながら食材を買う。そして明朝のために、玉ねぎを炒めたり野菜を茹でたりする。たくさんの時間を相手のために遣っている。

しかしこういう一連の行為が、決して賞賛されないのが現代というものであろう。

「母親だけが弁当をつくるのは間違っている。父親だってつくるべきであろう」

というものもあれば、

「食べる本人がつくるのがあたり前だ」

というのもあるに違いない。私個人としては、

「そうはいっても…」

という言葉が出かかるのであるが、ある甦る光景がある。仕事で高名な料理研究家におめにかかった時のことだ。この方は手をかけた()()や、季節の野菜の漬けものをつくることで知られている。最近の主婦がちゃんと出汁をとらないことを嘆き、どうして料理の手抜きばかり考えているのだろうかと怒りを含んだ声でおっしゃった。

「今の女の人は、とても大切なことを忘れていると思いますよ。インスタントなんかを使うなんて、家族の健康や命をどう考えているのでしょう。ねえ、そう思いませんか」

そうですねえ‥と私は言葉を濁した。確かに丁寧に昆布やかつお節でとった出汁はおいしかろう。煮干しも頭やワタをとり、軽く炒めたらいい味が出るに違いない。けれどもそれはどれだけ長時間、女を台所に立たせることになるだろうと思わずにはいられなかった。インスタント出汁は私もよく使う。あれがどれほど料理をつくるのをラクチンにしたか、言うまでもないだろう。

女性雑誌を見ると、素敵なキッチンに立ち、手づくりの漬けものや手芸品を見せる奥さんが出てくる。憧れるけれども、自分にはとても無理だろうと諦める。

日々の仕事に追われるがさつな生活、ひどい時は、

「多少のことがあっても死ぬわけじゃない」

と居直る。

丁寧にきちんと暮らしたいと願うことと、つい乱暴なことをしてしまう日常。フェミニズムとはいかなくても、自分への負担の大きさに腹が立つ。たいていの人が、この中で折り合いをつけながら何とかやっているのではないか。が、誰もが家族を大切に考えていることには変わりない。もやもやしているうちにも子どもは育ち、いい思い出がつくられていくのが家庭なのだ。