林真理子のBeautiful Voice なるほど! 小田急

story.29 好きな人

先日、昔大好きだったスターに、対談でおめにかかった。そのとたん、少女時代の記憶がいっきに甦ってきたのである。

ドーナツ盤のレコードでその人の歌を何度聞いたことだろう。雑誌のグラビアも切り取った。コンサートに行くのを反対する親に、泣いて抗議したものである。

高校生時代、早く東京へ出たくてたまらなかった。東京へ行けば、芸能人や有名人がいっぱいいて、きっと会えると思い込んでいたのである。

渡辺えりさんという女優がいる。劇作家としても評価の高い才能溢れる人だ。この方が言うには、山形の中高時代、ジュリーの大ファンだった。東京に行きさえすれば、ジュリーと出会えて結婚出来ると信じていたというのだ。私はこのエピソードが大好きである。地方の女の子はみんなこんな感じであった。

ジュリーといえば、私の友人でスタイリストがいる。彼女も同じことを考えていたという。だからジュリーの結婚の時は本当にショックだった。仕事の最中にそれを聞き、会社の屋上に駆け上がった。しばらく号泣していて、ふと気づくと向かいのビルの屋上に人が集まっている。そして彼女に向かって、

「おーい、死ぬんじゃないぞ」

と叫んだというのだ。彼女には悪いが、この話を思い出すたびに笑ってしまう。そしてスターへの愛について考えてしまうのだ。

思春期の女の子というのは、本物と恋をするステップとして芸能人を好きになる。若い熱気と妄想で、自分との物語を頭の中でつくり上げていく。

そしてもう恋を充分経験した女たちも、やっぱり愛するスターを持つようになるのだ。

かつてヨン様ブームが起こった時、彼を熱愛する中年女性を揶揄する風潮があった。

「芸能人に入れあげて、韓国にまでいくおばさんたち」

という論調の記事をよく見たものだ。

私はその時、快く妻を海外に送り出してくれる夫と、経済的余裕を持つ奥さんの幸せを思った。ヨン様のことを熱く語る女性たちは、みんないい表情をしていたからだ。

実際夢中になるスターがいるというのは、なんて幸福なことなのだろうか。それが人生をどれほど豊かに彩ってくれるか。私たちはよく知っている。その人を好きになった年月というのは、濃くくっきりと浮かび上がってくるのだ。それは本物の恋をした月日とは少し違う。悲しいことやつらいことは何ひとつないのだ。楽しいだけの時間。その時の自分がたよりなくいとおしい。

なぜなら芸能人を好きになっても、何の見返りもない。自分を知らない相手にひたすら尽くす。ファンになるということは、本当にピュアなことだ。そうやって私たちは心を磨き、心を震わせているのだ。私の知っている限り、大好きなスターがいる女性は大層エネルギッシュで親切。ボランティアにも熱心だ。