林真理子のBeautiful Voice なるほど! 小田急

story.30 私の女友だち

男性にモテないというのも悲しいけれども、女友だちがいないというのはもっと悲しい。

恋愛というのは、いつか終わりがあるし年齢制限もある。世の中には年齢制限を認めない女性も時々いるけれども、外から見ていると痛々しい。

それにひきかえ、女性の友情というのはずっと長く、死ぬまでということも多い。私は、もう半世紀以上のつき合いをしている女性もいる。

私が思うに、女同士のつき合いというのは、男性のそれに比べてはるかに複雑で、さまざまな起伏がある。

日本がバブルだった時、女性雑誌にやたら出ていたのは、「女子校育ちの仲間」というやつであった。あの頃は学校の偏差値はそれほど問われず、いちばんエラいのは、「小学校、あるいは幼稚園からずうっーと一緒に学んだ私学のお嬢さまたち」

というものであった。公立で学んだ人たちとは比較にならないほど、深い友情に結ばれた私たち、ファッションも生き方も、よく似かよっていて素敵でしょう、という記事をどれほど見たことであろうか。

まあ、それはそれでいいとしても、世の中それほど甘いものではないだろう、というのが私の感想である。世の中も同じようなことを考えたに違いない。この風潮はなんとはなしに影が薄くなっている。

その替わり、”ママ友“という言葉がキーワードとなっていく。たまたま子どもたちが同級生になったというだけでつくらされた、人工的なサークル。この中でどれだけうまく立ちまわり、仮そめの友情でもいいからとにかく仲よくなっていくか、というのが女の度量や知恵を試されるのだ。こんなサークルは昔からあったはずなのに、最近は脱落が次々と出て社会問題になっていった。”ママ友“というと非常に偽善的な響きがあるが、この中からも本当の友情が芽生えることもある。

ところで女の友情というと、女性の芸能人がインタビューなどでよく口にするフレーズがある。「芸能界の人とはあまりつき合いません。それよりも学生時代の友だちが多いです。彼女たちといるとホッとするんです」

この気持ちはよくわかる。私も地元に帰って久しぶりに同級生たちと会うのは本当に楽しい。そして楽しいと思う自分も好き。都会にいても、派手な仕事をしていても、私ってすれていないなあと感じることが出来るのだ。

が、彼女たちが本当に私のことを理解しているのであろうか。

私が手ごたえを持てるのは、やはり第一線で仕事をしている友人たちとのひとときだ。たまには彼女たちに、私と同じくさみを感じることもあるし、小さな裏切りもある。それでも彼女たちを尊敬し、スクラムから離れまいと思う。女の部分にも嫉妬したり、何とも面白い。自分も頑張ってやっとこんな繋がりを持てた。

林真理子

小説家。1982年に『ルンルンを買っておうちに帰ろう』でエッセイストとしてデビュー。その後、『最終便に間に合えば』『京都まで』で第94回直木賞を受賞。近著に『野心のすすめ』『私のスポットライト』『我らがパラダイス』。小田急沿線(代々木上原)在住。