林真理子のBeautiful Voice なるほど! 小田急

story.34 もうひとつの要素

東日本大震災の復興がまだかなっていないというのに、今度は熊本を中心にした九州の地震である。被災した方々は、どれほどつらい思いをされているかと思うと心が痛む。

しかし現地には多くのボランティアが詰めかけていると聞いて、ほっとした気持ちになった。世の中がどんどん悪くなっているように言われているけれども、災難が起こって苦しんでいる人がいれば、すぐに行って助けようという風潮は確かに育っているのだ。

ある人から言われたことがある。

「五十歳を過ぎたら、仕事の三割はお金を貰えないことをしなきゃいけないんだ」

その時はよく意味がわからなかったが、人間は中年になったら、世の中のために役立つことをしなさい、ということなのである。

そうかといって、ボランティアとかチャリティという言葉になかなか馴じめなかった私である。以前チャリティーパーティーというのに出席したことがある。「正装で」というドレスコードにびっくりした。タキシードやイブニングドレス、和服を着た人たちが着席のパーティーをする。いろいろな企業から景品が出る。それをオークションにかけ、値段を競りあげていく。その収益や入場料を、しかるべきところに寄付していくのであるが、ヘソ曲がりの私は密かに思ったものだ。

「なんかお金持ちの自己満足。ホテルの宴会場や料理に使うお金も、そのまま寄付すればいいのに」

が、この五年間、お金を貰う側に立ってきた私は、よくわかる。人さまからお金をいただく、集める、ということがどんなに大変なことか。企画を練り上げ、イベントを用意してとにかく人に来てもらう。そして気持ちよくお金を出してもらうのだ。

東日本大震災の後、居ても立ってもいられなくなった私は現地へ行き、いろんな人と出会った。そしてNPOの青年たちに協力したり、友人たちと震災孤児、遺児をサポートする団体を立ち上げた。

などと書くと、私がよほどいい人のようであるがそんなことはない。ボランティアの方にものすごく時間をとられ、仕事とのかね合いが出来ずにかなりのストレスになった。家族も協力してくれるわけではない。ちょっとした言葉尻をとらえて、ネットに何だかんだ書かれて、すっかり嫌気がさしたこともある。

「人のために何かするのは、不遜なことではないか」

と悩んだこともあるが、ボランティアをしたことは私にいろいろなことを感じさせてくれた。仲間との友情もそのひとつだ。ふつうの主婦が、いかに有能で行動的か、ということがつくづくわかったのも、ボランティアの活動を通してである。

仕事と家庭だけでは、人生は充分ではない。ボランティアという要素は、人をどれだけ成長させ、変えてくれるか。まずは出来ることから始めようと私は言いたいのである。

林真理子

小説家。1982年に『ルンルンを買っておうちに帰ろう』でエッセイストとしてデビュー。その後、『最終便に間に合えば』『京都まで』で第94回直木賞を受賞。近著に『野心のすすめ』『私のスポットライト』『我らがパラダイス』。小田急沿線(代々木上原)在住。