林真理子のBeautiful Voice なるほど! 小田急

story.36 夏をすごす

日本は確実に亜熱帯の国になったようだ。

私が子どもの頃はこうではなかった。三十℃を超える日などめったになかったし、陽が翳るとざっと夕立があった。それで随分夜の暑さは救われたものである。

もはや酷暑の国になったからには、シエスタの風習を取り入れてほしいものだ。通勤時間が長い都会だと、昼休みに家に帰る、などということは不可能だろう。それならば休み時間を長くして、オフィスの電気をいっせいに消す。そしてデスクにうつぶして仮眠をとるのはどうだろうか…などとあれこれ考える。

ところで「夏をどう過ごすか」というのは、女性の資質を非常に問われることだ。私のようにだらしない性格だと、夏は堕ちていくばかりである。

暑い、暑いと、服装に構わなくなっていく。仕事がある時は別として、ちょっと駅前に買い物に行くには、Tシャツにパンツである。

今年はガウチョとか、ワイドパンツといった裾が拡がったルーズな型が流行している。たいていは上がゴムになっているので、そのラクチンなことといったらない。私など普段着はこれでとおしている。

しかし体形の崩れた年代は、こういう若い人たちの格好をすると、実にみっともないことになるのだ。そんなことはわかっているけれども、

「この暑さだから仕方ないでしょ」

と居直り、その態度がますます暑苦しくなっていくのだ。

暑いからといってほとんど化粧をしない。ヘアサロンに行くのがめんどうくさくて、自分で髪を縛ったりする。家でゴロゴロしているから、すっかり”おばさん度“は高くなるばかりだ。

こうした格好の究極にあるのが夏の着物であろう。最近若い人たちの間で、

「夏は浴衣を着る」

という習慣が出来上がった。これはとてもいいことだと思う。各地で花火大会が盛んになった結果だと聞いた。

が、大人の女性が浴衣をよそゆきにするのはいかがなものであろうか。時々電車の中で、とても素敵に着ている年配の女性を見ることがあるが、あれはかなり年期がいることだ。若い女性には手が届かない、夏の着物。絽や紗といった透ける着物は、大人の女性を美しく見せてくれるだけでなく、”渇“を入れてくれるものだ。

「夏は着物を着る人が少ないから、ちょっとでも隙があっちゃいけませんよ。とにかくぴしっと着る。そうすれば見る人も涼しい気持ちになるんですよ」

昔、着付けの先生にそう教わった。お招ばれの食事会の時、さりげなく着物で行く。大層みんな喜んでくれる。こういう日をひと月に二回か三回つくる。それだけで私の夏は、少しだけ変わっていくのである。

林真理子

小説家。1982年に『ルンルンを買っておうちに帰ろう』でエッセイストとしてデビュー。その後、『最終便に間に合えば』『京都まで』で第94回直木賞を受賞。近著に『野心のすすめ』『私のスポットライト』『我らがパラダイス』。小田急沿線(代々木上原)在住。