林真理子のBeautiful Voice なるほど! 小田急

story.37 手紙の効用

こう見えても、私はすごい”筆マメ“ である。お中元のお礼も、個人でいただいたものは自分で書くようにしている。そのために季節のハガキはいつも用意しているほどだ。

何年か前、有名なホテルの社長さんからお手紙をいただいたことがある。世界のマナーに精通しているその方から送られたものは、いわゆる”サンキューレター“ であった。

小さな封筒と便せんのセットはオリジナルで、ご自分の住所と名前が印刷されている。いや、名前だけは抜けていて、署名するようになっているのだ。さらっと書けて、ハガキよりも丁寧。私は素敵なその手紙に感動して、同じものを印刷会社に頼んでつくってもらった。三回サイズを変えて、今はブルーのこぶりなものに落ち着いている。気の張る相手用だ。

私がこれほどレターセットに凝るのは、字がヘタだからに他ならない。私はパソコンを使わず手書き派で、この原稿もサインペンを使っている。担当の編集者なら、私の悪筆も難なく読めるのであるが、月に一度だけのこの原稿は、おそらく読むのに苦労していることであろう。

私はよく読者の方から手紙をいただく。その字の綺麗さにはいつも驚いてしまう。ママ友たちもみんな達筆だ。どうやら世の中のちゃんとしている女性たちは、みんな美しい字を書くらしい。私が非常識なほど悪筆なのだ。

これはもう数年前のことになる。犬の散歩をさせていると、毎朝同じ時間に会う女の子がいた。近くの公立小学校に通っているらしく、黄色い帽子にランドセルだ。とても賢そうな可愛らしい顔立ちの少女であった。私がそのコにとても好感を持ったのは、いつも本を読みながら歩いていたからだ。静かな住宅地なので、そんなことが可能なのだ。

今どきこんな本好きなんて本当に嬉しい。私の気持ちを伝えたくて、子ども向けに書いた本にサインをし、中に手紙をはさんだ。

「これからも、ずっと本を好きでいてね」

そして次の日、彼女に私の本と手紙を押しつけるように渡した。

四日後、「これ、お母さんから」

と手紙を受け取った。お礼状であった。その文字の美しさ、文章の巧みさにうなった。さすがあの本好きの女の子のお母さんだ。こんなお母さんに育てられた娘は、どんなに素晴らしい人になるだろうと想像してしまう。その手紙を受け取ってから、しばらくは幸福な気分でいられた。

その反対のことも残念ながらある。汚い字で三行、官製ハガキに「娘がいろいろお世話になりました。これからもよろしく」

というお礼状を受け取ったこともある。私より年上の母親からだ。

うちでは子どもの学校の書類は、すべて夫が書く。理系のきちょうめんで綺麗な字だ。私にはとても任せておけないらしい。

林真理子

小説家。1982年に『ルンルンを買っておうちに帰ろう』でエッセイストとしてデビュー。その後、『最終便に間に合えば』『京都まで』で第94回直木賞を受賞。近著に『野心のすすめ』『私のスポットライト』『我らがパラダイス』。小田急沿線(代々木上原)在住。