林真理子のBeautiful Voice なるほど! 小田急

story.45 LINEのおきて

 LINEでしばらくやり合った後、

「今、電話してもいい?」

 と尋ねる時、私はいつも不思議な気分になる。直接声のやりとりをすることに、とても遠慮する気分が生まれているのだ。

 十回ずつぐらいLINEでやりとりしているうち、

「これなら電話をかけた方がずっと早い」

 と思うことがある。しかしなぜか出来ない。いったいどうしたことであろう。

 毎晩のようにLINEで話し合う友人がいる。

「たまには会って飲もうよ」

 ということになり、久しぶりに待ち合わせをした。さぞかし話がはずんで、と期待したところ、なぜかぎこちなくなってしまった。うまく会話が進まないのだ。

 同じような違和感を持ったことを思い出した。二十数年前のことである。携帯が普及し始めた頃だ。お喋り好きの仲よしと毎晩のように携帯で話をした。が、うまく会話が出来ない時があった。二人同時に喋り出してしまうのだ。会話をする時は、お互いの顔を見て、こちらが言葉を発するGOサインを出す。しかし顔が見えない携帯だとこれがうまく出来ない。普通の電話ならそんなことはなかったのに、携帯の場合はいらつくことが多い。私が推理するに、携帯は軽く、コードがないため、機械という意識が薄い。自分の耳と口をフル活動するために、ついスピードが早くなってしまうのだ。

 今やその携帯で会話することもなくなってしまった。私たちはメールを打ち続ける。文字をせっせとつくり、それを相手に送り出す。

 それがいいことか悪いことかさっぱりわからない。目は悪くなったし、みんなは本を読まなくなった。人の悪口をやたら書き込む。が、その便利さはこのうえない。ひとつ確かなことは、時間はもう後戻り出来ないことだ。

 もうスマホを使わない生活などというのは想像出来ない。としたら、自分なりのルールを決めなくてはならないだろう。

 電車や飛行機の中ではどうしてもいじってしまう。というより、ついバッグから取り出さずにはいられない。私など仕事柄文庫を読むことが多いのであるが、それでも最近はついスマホを見る。見ないと落ち着かない。タクシーに乗ってもいじる。目が悪くなるのがわかっているのにだ。私はひとつ決めた。タクシーに乗った時はスマホには触れない。いろんなことを考えるようにする。目を閉じて、自分の心を集中させる。

 そして友人たちとだらだらとLINEのリレーがある時、スタンプを送る。

「もう寝るよ」

 という可愛いパンダがベッドに入っているイラストだ。この決まりをひとつずつ増やしていかないと、勝手にキカイは私たちを操っていくのだから。

林真理子

小説家。1982年に『ルンルンを買っておうちに帰ろう』でエッセイストとしてデビュー。その後、『最終便に間に合えば』『京都まで』で第94回直木賞を受賞。近著に『野心のすすめ』『私のスポットライト』『我らがパラダイス』。小田急沿線(代々木上原)在住。