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林真理子のBeautiful Voice なるほど! 小田急

story.5 スマホと読書

ベビーカーのマナーが、大きな社会問題になったことがある。母親の意識を問う人がいるが、あまりにも世の中が母親に冷たいと憤る人もいる。

「いったいどう思う?」

と尋ねたところ、私のまわりの女性たちの意見は一致していた。

「母親の態度によるよね」

場所をとるベビーカーに気を遣い、本当に申し訳なさそうにしているお母さんだったら、同性として何とも思わない。それどころか同情して人混みから庇ってやろうという気にさえなる。

「だけど知らん顔をして、スマホをいじってる母親だったら正直むっとする」

私も同意見かもしれない。

子連れでスマホを操作している母親というのは、それだけで注意が足りない、という気がしてくる。子育て中はたとえ一瞬であろうと、赤ちゃんから目を離してはいけないものではなかろうか。危険から守る意味もあるし、コンタクトをとろうとしている赤ちゃんの表情を無視してはならない。

「それなのにあれだけスマホに夢中になっているのはどうしてだろうか。赤ちゃんをほっぽり出しても、それでもなお至急しなくてはならない用事っていったい何だろうか」

と、私のような年齢の女たちはみんな思っているはずだ……というようなことを口にしたら、

「それなら、ベビーカーひいてるお母さんが、本を読んでるってどうよ」

とある人に問われた。こちらの方にはるかに好感を持つのは、私が作家という立場だからであろう。もし電車の中でそのようなお母さんを見たら、

「大好きな本を読む時間もないのね。だから移動中にちょっとの間を惜しんで読んでるのね」

と俄然好意的な解釈をするに違いない。しかし残念ながら、未だにそのようなお母さんに会ったことがない。

「子育て中ももっと本を読んでくれるといいんだけど」

と言ったところ、

「もしかすると、スマホで本を読んでるかもしれないよ」

と再び同じ人が言ったが、私はちょっと違うような気がする。人は本を読んでいる時、あれほどせわしなく指を動かさないものだからである。

私が人に読書を勧めるのは、そのたたずまいが美しいからだ。嘘だと思うならば、電車の中でよく観察してほしい。スマホをいじっている女性と、本を読んでいる女性とではどちらが綺麗に見えるか、ということをだ。おそらく百人が百人、後者というであろう。人は本を読んでいる時、首の角度がとても美しい。スマホだと前かがみになり過ぎる。朝の電車はほぼみんなスマホであるが、午後からは本の比率がなぜかぐっと増えてくる。これは私にとってひとつの救いになっている。