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林真理子のBeautiful Voice なるほど! 小田急

story.6 魅力ということ

うちの夫はごく普通のサラリーマンなので、友人も普通の人たちである。夫は日頃から、「キミの友だちは特殊な人たちだから、僕とは住む世界が違う」

と交わろうとはしない。まあごくたまに一緒に食事に行くぐらいだ。私も夫の友人と会うことはめったになく、棲み分けのようなものが出来ている。

ところが先日、偶然夫の友人夫妻とお酒を飲む機会があった。その後、友人は夫に言ったそうである。

「おたくの奥さん、本当に話題が豊富で面白いね。とても魅力的な人だね」

当然お世辞も混じっていたと思うが、

「あたり前でしょ」

と、たちまち胸をそらす私。

「いったい私を誰だと思ってんのよ。ここまでにどんだけお金と時間をつぎ込んだか。溜まってんのは脂肪だけじゃないのよ。何十年も歌舞伎、オペラ、お芝居、見た数はハンパじゃないわよ。どれだけお金と時間を使ったか。それにさ、読んだ本の数も、まあ、ふつうの人とは比較出来ないし、会った有名人や専門家の数だってすごいと思うのよ。そりゃあ、ふつうのそこらの奥さんより、面白いのは当たり前じゃないの。資金がかかってんのよ」

そして、

「みんな私に会って楽しいって言うわよ、楽しくないのはあなただけよ」

と余計なことまで言ってしまった。しかし最近私のこの信念と自信を揺るがすようなことが幾つかあった。やたら魅力的な”そこら“の奥さんに、何人も会うのである。

ご近所に住むある奥さんは、

「働きたくないから、金持ちの夫を探した」

と言う人である。一日中テレビを見て、たまにジムやお買い物に行く日々がたまらなく幸せだという。この人は一流大学を出ているのに、本をあまり読まない。それどころか新聞もとっていないというから驚く。

「たいていのことは、スマホでわかるし、朝のワイドショーでもやるし」

と言ってのける。それなのに彼女といると、本当に楽しく、ついランチの誘いをしてしまう。歌舞伎や映画、ミュージカルのチケットをこちらで用意し、二人で出掛けることも多い。彼女の感想を聞くのが非常に興味深いのだ。本質を衝くことがあってびっくりする。

そしてつくづく思うのだ。人の魅力というのは多少の教養を身につけたからつくというものではない。多少左右はするだろうが、絶対的なものではないのだ。それよりも、人が生まれ持った個性が、人の魅力の多寡を決める。その先天的な何かが、私にはまだわからない。ただ一つ思うのは、こうすればこうなる、という定理が通じないからこそ人間は複雑で面白いものだということである。本人も知らぬ間に、何かをつかんでいる人も大勢いるのだ。そしてそれに気づかぬところに、ますます惹かれるのである。