story.16 大人の季節

「断捨離」という言葉は、流行を通り越してもはや定着したものとなっているようだ。
しかし私はモノが捨てられない。洋服でも本でも、まだ使えそうな気がしてつい手元に置いてしまう。友人は私のうちに来て「信じられない」と言うが、私はモデルルームのような家に住んでいる彼女こそ信じられない。
「簡単なことじゃないの。これはとっておくか捨てるか、瞬時に判断すればいいの」
と彼女は言うが、私はひとつのものを手に取り、あれこれ勘案し、その結果、
「何か使えそう」
とそこいらの棚の上に無造作におく。
いつか整理しようとしているクローゼットの悲惨さといったら、もうお話にならないぐらいだ。何を買ったかもすぐに忘れてしまう。とにかく買物したばかりの新しいものでやりくりするので、これまたまわりの人から、
「あれだけ洋服を買っているのに、いつも同じものばかり着ている」
と呆れられる始末だ。
しかしこの秋、私の衣生活に異変が起こった。ちょっと気をゆるめたら、数キロ太ってしまったのだ。おかげでいきつけのショップに行っても、スカートのファスナーが上がらない。ジャケットのボタンがかからない。
私は恥ずかしさのあまり、店員さんにこんなことを言った。
「ダイエットして出直して来ますね。それまでは来ないようにしますね」
あちらは商売なので、
「ハヤシさん、ウエスト、三センチぐらい出しますよ」
などと言ってくれたが、クセになるからとふりきって帰ってきた。
そしてクローゼットの奥深く入り込み、着られそうなものを物色したのである。昨年の秋冬ものがきつくなっていたのはショックであったが、それでも探すとニットやスカートがどっさり出てきた。いつのまにか久しぶりにコーディネイトに頭と時間を使うようになったのであるが、これが思いの外楽しい。古いニットにジャケットを組み合わせて大切に着る。洋服をいとおしむ心が芽生えてきて、これが私のセンスを上げてくれたらいいなと思っている。
私のまわりには、ファッション誌の編集者やスタイリストが何人もいるが、みんな素敵なものを身につけていて、
「それ、どこの?」
と尋ねると、必ずといっていいくらい
「十年前の○○○○ 」
という答えが返ってくるのに、私はどれほど揺れていただろうか。
夏は完全に若い人のものだ。ピチピチの肌には木綿や麻、それも安価なものがよく似合う。が、秋冬はあきらかに大人の女の勝ち。素材で勝負出来るからだ。カシミアの上質なコートやニットを着こなす特権もある。古くてもいいものはいい。当分”断捨離“は出来そうもない私である。