story.33 おばさん

「おばさん」という言葉を、とてもポジティブにとらえるようになった。少なくとも「おばあさん」と言われるよりずっといい。
つい先日、東北に旅行することになった。泊まるところが廃校を利用した施設で、二段ベッドと聞いて私は叫んだ。
「まだ寒いっていうのに、二段ベッドなんてやめて! 六十を過ぎたおばあさんにはきつ過ぎるー」
するとうちの秘書が、
「ハヤシさんって、都合が悪くなると自分はおばあさんって言い張る。使い分けてるんだから」
と笑った。
本当のことを言うと、私はおばあさんと自分のことを思っていない。おばあさんとよばれたこともない。六十歳は昔なら初老と言われたかもしれないが、今だったら中年後期であろう。着るものも、かなり流行のものを選んでいる。
若くはないけれど、そう年寄りでもない。そう「おばさん」と呼ばれるのがいちばんしっくりくる。
ある人が書いていた。日本は「おばさん」の期間がとても長い。七十歳過ぎても「おばさん」といわれる。これはとてもいいことではないだろうかと。私もそう思う。
私は年下の友だちが多い。四十代後半か五十代はじめの彼女たちは、やや自虐的に
「私たちおばさんは」
という言い方をする。すると私もそのグループにしっかり入ったような気になるのだ。
私はれっきとしたおばさんなのだ、と思うとどんなことも出来る。たとえば街を歩いていると行列に出くわす。私は必ず聞く。
「いったい何のために並んでいるの?」
すると
「評判のスイーツの店に入るため」、
「バーゲンの開店を待っている」などと教えてくれる。
私がこれほどお節介なのも、おばさんと自覚しているからだ。駅で困っている人がいたら、どこへ行きたいのかと尋ねる。子どもが一人で泣いていたら、一緒に親を探してやる。
本気で結婚したい人がいたら、相手を見つけてきて見合いをさせる。
世界でいちばん優しくて、世話好きでまめな人。それはおばさんだ。姿かたちがおばさんをしていると、たいていの人は警戒しない。おばさんになると全体的に丸味を帯び、目も下がってくる。ぐっと人に懐かれやすくなってくるのだ。
おばあさんになるのはまだ早い。私はあと何年かしばらくは、おばさんでいようと決めているのだ。
ところで私と同じぐらいの年齢の友人で、とにかく強引でケチな女がいる。情緒がまるでない。
「おばさんの皮をかぶったおじさん」
と面と向かってワルグチを言った。