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story.35 本当の友情

今日もラインに、メッセージが入る。

「来月中にお食事したいので、スケジュール教えてくださいね」

手帳を見る。平日の夜はすっかり埋まっている。とにかく私はお誘いが多い。三ヶ月前、半年前からもご飯の約束をし、まだ遠い先だと思っていたのに、あっという間に時間はたって、予定表はぎっしりだ。

こういうことは肥満と家庭不和を招く。

夫からはよく、

「いい加減にしろ。どうして人とそんなにメシばっか喰ってるんだ」

と怒られる。これについてはいろいろな反論があるのであるが、とにかく私は忙しい。

人気者だと思うほど自信はないが、

「まあ、みんな私と話すのは楽しいだろうなあ」

ぐらいの気持ちは持っている。

ところがつい最近、ある人から、

「ハヤシさんって、いろんな人と仲がいいけど、いちばんの仲良しは誰なんですか」

と尋ねられて返事に詰まった。

「えーと、あの人かな。いや、もしかすると彼女かな…」

考えているうちに、私は本当に友情というものを育んでいるか不安になったのである。仕事がらみの人もいるし、相手の気持ちがどうなのかわからない人もいる。純粋に「友情」と呼べる学生時代がつくづく懐かしい。

よく芸能人や有名人は、仲のいい友人のことを問われ、

「学生時代の友だちです」

「地元のコたちと遊びます」

と答える。これは

「いくら自分が有名になっても、価値観や純粋さは昔とかわっていませんよ。だから昔の友人と昔のまんまつき合ってますよ」

というアピールだと思う。

しかしこれって本当なのであろうか、どこかで無理をしていやしないだろうか、などと心配するのは余計なことであろう。

私はさまざまな失敗を重ねた結果、いくつかのルールをつくった。

人の輪を重ねない。お稽古ごとのグループ、仕事がらみのグループと、こちらがつなげてしまうと、人間関係はどんどん複雑になっていく。ある人に対しての愚痴も言えなくなってしまう。

二次会には行かない。それは若い人たちのものだ。いくら誘われてもおばさんは行かず、ちょっとしたお金を渡してさっと帰る。

しかし、人間関係に関して、どんどん賢く理性的になっていく自分が、ちょっと悲しいかもしれない。

つい先日、仕事が出来るあまり、やや八方美人のきらいがある友人が、ぼそっと言った。

「私は友だちがいないのよ」

とっさに叫んだ。

「私がいるじゃないの」

ああ、ちゃんと言えたよと、私は大層嬉しかったのである。

林真理子

小説家。1982年に『ルンルンを買っておうちに帰ろう』でエッセイストとしてデビュー。その後、『最終便に間に合えば』『京都まで』で第94回直木賞を受賞。近著に『野心のすすめ』『私のスポットライト』『我らがパラダイス』。小田急沿線(代々木上原)在住。