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林真理子のBeautiful Voice なるほど! 小田急

story.42 モノとつき合う

「今日からバーゲンだよ」

友人を誘ったら、

「もうこれ以上、モノを増やしたくないから」

と断られてしまった。驚いた。彼女はまだ四十八歳なのである。その年齢の時、私はあと先考えず、ひたすら買いまくっていたものだ。

「断捨離」という言葉は流行りものではなく、もはや定着したようである。五十代、六十代がほとんどの私のまわりでは、モノを整理しシンプルに暮らそうという人は実に多い。私のように買い物好き、モノを捨てられない人間は焦ってしまう。

話は変わるようであるが、私は朝のワイドショーの中で、愛犬を紹介するコーナーが大好きだ。毎回いろいろな犬が出てきて愛敬をふりまく。このワンちゃんたちが飼われている家が、判で押したようにどこも同じなのだ。フローリングのリビングルームに、ソファが置かれている。そして必ずといっていいほどカウンターキッチン。何も置かれていないモデルルームのような家ばかりだ。もちろんテレビカメラが入ったので、すっかり片づけたということもあるだろう。それにしても飾り棚ひとつない。飾り棚というのは、無用なものをごちゃごちゃ詰め込むものなのに。だから反対に、ポスターや雑貨類に囲まれた、生活感いっぱいの部屋を見ると安心する。温かい感じがする。家というのはこうじゃなきゃとさえ思う。自然に堆積していってあたり前なのだ。

といっても、この私でさえやはりこの頃ためらうことが増えている。先日も新しいソファを買うことを断念した。そしてお正月用に、いい塗りのお碗をどうしようかと悩んでやっぱりやめた。

あと何年使うかわからない。これ以上モノを増やしてはいけないと、頭の中でしょっちゅうシグナルが出るようになったのだ。

さらに思う。人が好きなようにものを買えるのはいったい何年間なのだろうか。自分の経験から言うと、自分でお金を稼げるようになり、余裕が出てきた三十代からだ。二十代の頃は生活するのに頭がいっぱいだし、まだ趣味や好みはそれほど確立していない。思い出してみると、若い頃買ったものは安物のジャンクのものばかり、それはそれでとても楽しく大好きであった。が、やがていろいろなことを学び、自分なりの美意識というものが出てくると、買い物も変わってくる。吟味してモノを選ぶ。いい食器を買い揃えたり、家具にも凝ったりする。アートを好きになる人もいるだろう。が、六十代でそういうものを手放すとする。するとモノとつき合う時間はたった三十年しかないことになる。これはやはり淋しい。

友人の一人は七十近くになっても茶道具を買い続ける。欲しいものを手に入れるのはあたり前の行為だからと言う。捨てることばかり考えている人とどっちが幸せだろうか。

林真理子

小説家。1982年に『ルンルンを買っておうちに帰ろう』でエッセイストとしてデビュー。その後、『最終便に間に合えば』『京都まで』で第94回直木賞を受賞。近著に『野心のすすめ』『私のスポットライト』『我らがパラダイス』。小田急沿線(代々木上原)在住。