story.43 笑顔の奥に

笑顔がいいに決まっている。
ニコニコ笑っている人は、性格がよさそうだしまわりを明るくする。
が、年をとってくるとそうはいかない。口角が下がって不格好な顔になってくるのだ。
私などよくまわりの人から、
「いつもブスッとして怒っているみたい」
と注意される。
「出来るだけ口角を上げていた方がいいよ」
とアドバイスしてくれた人もいる。しかしずっと唇の端を上げているは至難の業だ。私はタクシーの中でよく練習する。疲れるけれども頑張ってキュッと上げてみる。ミラーを見た運転手さんは、さぞかし気味が悪いことであろう。
つい最近のこと、エステをしてもらっている最中、
「私は若い頃、美容部員していたんですよ」
というエステティシャンの身の上話を聞いていた。
「まず習ったのは、奥歯をギュッと合わせること。そうしているとにっこり微笑んでいるように見えますからね」
目からウロコ、というのはああいうことを言うのではなかろうか。私はパックされているにもかかわらずこう叫んだ。
「私、ずっと口角を上げてなきゃいけないと思ってた」
「そんな疲れるようなことはしませんよ」
鏡の前でやってみた。奥歯を噛んでみる。確かに唇が上がって見えるではないか。すっかり嬉しくなった。多少不自然に見えないこともないが、訓練すればいい感じになりそうだ。
アナウンサーの友人に聞いたのであるが、微笑みながら喋るようになるまで、かなり時間がかかるという。テレビを見ていると、いかにも楽しそうにアナウンサーの人たちは喋り続ける。プロだから出来る技だ。しかし普通の人が同じことをすると、
「ちょっとなァ…」
という感じになってしまう。
口角を上げる習慣は大切であるが、それに「喋る」が加わる難易度の高い行為は、ややもするとウソッぽく見える。
つい先日テレビを見ていたら、地方局のレポーターが、大々的にこれをしていた。別に地方だからといって差別しているつもりはないのであるが、キー局のアナウンサーに比べて完全に舞い上がっていた。全国中継に張り切り過ぎているのだ。大げさに笑い、笑いながら喋る。見ている方はすっかり疲れてしまった。
やさしく相手に接したかったら、やさしい言葉を口にすればいい。笑う人だけがやさしいわけではないのだ。あまりにも唇だけで笑おうとすると、
「目は笑っていない人」
と咎められる。人の話を聞いて頷くことも、笑うと同じくらい相手の心によりそうことだ。