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林真理子のBeautiful Voice なるほど! 小田急

story.44 私の新学期

 お正月の誓い、などというのはわりと早く忘れてしまうものである。

 元旦に年賀状を眺めながら、

「私も今年は頑張らなきゃ。もっと勉強しないとね」

 などとつぶやくものの、その後お酒を飲んで寝てしまうと、厳粛な気分などあっという間にどこかに吹きとんでしまう。

 私にとって四月の方が、はるかに新しいスタート、誓いの時である。

 昔から新学期が大好きであった。新しい教科書、新しい教室。鉛筆もダースで買い揃えた。が、大人になると新学期はやってこない。だから自分でつくるしかないのである。

 本屋さんに入ると、四月から始まる英会話や中国語のテキストがずらっと並んでいる。それをパラパラとめくりながら、

「よし、英会話本気でやるぞ」

 とつぶやくのはいつものことであるが、挫折も毎年のことだ。しかし自分を責めたりはしない。三日坊主でも三日は何かをやっているのだ。この頃そういう風に考えることにした。まあ、私の場合、四月始まりの英会話を六月ぐらいでほっぽり出してしまうが、三ヶ月間は勉強したのである。

 ダイエットの決意にも最適の時だ。お正月に決心しても、だらだら食べてだらだら飲む雰囲気に流れてしまう。ところが四月は違う。春夏ものがお店のウインドウに並んでいるのだ。

「なんとかあれを着てみたい」

 という思いは、結構長く続く。

 四月になると私はデパートへ行く。いつもはなじみの路面店で、さっさと買物を済ませるのであるが、とにかく半日は時間をたっぷりとって流行のものが置いてある都心のデパートで遊ぶのだ。

 若い人が着る最新の服は着ることは出来ないけれども、時代やいろいろなことを教えてくれる。バッグも靴も、そして小物も見ているだけでわくわくしてくる。こういうのを見ていると、私もまだ何か出来そうな気がしてくるから不思議である。

 スポーツ用品売場の前を通ると、

「マラソンをちゃんと始めてみようか」

 と本気で思う。

 手芸品売場をうろつくのも大好きだ。本当に時間が出来たら、刺繍をやってみたいなあと考える。

「人生は何度でもリセット出来る」

 というのは私のモットーであるが、それほど大仰に構えなくても、自分の中で小さな新学期をつくり、それを楽しむことは出来る。何か新しいことを始めることは難しいが、とにかく始めてみる。なにしろ新学期なのだから。自分で自分に「起立、礼」と号令をかける。生徒になったつもりで謙虚な気持ちになる。自分は何も知らないとあらためて思う。

 私がこれほど四月好きなのは、誕生月だから。四月一日に私は生まれているのである。

林真理子

小説家。1982年に『ルンルンを買っておうちに帰ろう』でエッセイストとしてデビュー。その後、『最終便に間に合えば』『京都まで』で第94回直木賞を受賞。近著に『野心のすすめ』『私のスポットライト』『我らがパラダイス』。小田急沿線(代々木上原)在住。