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林真理子のBeautiful Voice なるほど! 小田急

story.48 それぞれのもの

「人はそれぞれの生き方があり、それぞれの幸せがある」

 という言葉は、とても口あたりがいいが突き放している言い方だと思う。結局は、

「勝手に好きなようにすればいいじゃん」

 ということだ。

 人間の幸せとは何か、というテーマでいろいろ書いてあるエッセイがある。今、話題のLGBTにも話が及ぶ。そして最後に、

「人はそれぞれの幸せがあっていいのではないだろうか」

 と結ばれていると、

「あーあー」

 という気分になってくる私だ。

 そんなこととっくにわかっている。百人の人間がいれば百とおりの生き方や幸せがあるのはあたり前のことだ。しかしある人は今は幸せではない。悩んでいるのだ。生き方はとても自由になっているが、みな満足しているかというとそうでもない。

 それならば昔のように、

「女は結婚しなきゃダメだ。子どもを持ってこそ一人前だ」

 という言葉の方がわかりやすく、胸に響く、反ぱつするとしても、とにかく心に届く。

 しかし今はそんなことを口にする人もめっきり少なくなった。家の中で個人的には言うのであろうが、もし私のような物書きがパブリックなところで発言したら、大変なことになるであろう。だからもう公には誰も口にしない。だから

「勝手にすれば」

 という同義語の

「人はそれぞれの生き方があり、それぞれの幸せがある」

 という言葉で締めくくるのだ。

 結婚しなくても別に咎められることもない。これだけ独身率が高くなると、人から同情されることもない。

 私はかねてから結婚はした方がいい、子どもはいた方がいい、という保守的な考え方の持ち主であった。まわりの人たちにもそう言ってきたのであるが、なぜか私のまわりは結婚しない女性が多い。仕事が面白くて気づいたら独身であった、というケースだ。

「だけどね、年とったら淋しいよ。ひとりぼっちだと不便だよ」

 私はお節介にもいろんなアドバイスをしてきたが、気づくとそうでもなかった。聡明な彼女たちは、ちゃんと将来設計を立て、自分の住むところとお金を確保していた。六十過ぎて念願だった海外生活をおくる人もいる。老いていく配偶者を持っているこちらより、ずっと楽しそうだ。本当に「人はそれぞれ」なのであるが、一つだけ言いたいことがある。幸せには人から羨まれるという困った要素がある。自分がよければ、人からどう思われてもいいと考えられる人はよほど強い人だ。ほとんどの人は、人から羨望を持たれないと幸せを実感出来ない。年をとってからは、家庭の代わりに「いいね」と言われるものを持ちたい。それが出来るかどうかに幸せがかかっている。幸せは本当に単純でややこしい。

林真理子

小説家。1982年に『ルンルンを買っておうちに帰ろう』でエッセイストとしてデビュー。その後、『最終便に間に合えば』『京都まで』で第94回直木賞を受賞。近著に『野心のすすめ』『私のスポットライト』『我らがパラダイス』。小田急沿線(代々木上原)在住。